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TEA FOLKS2 ひのはら紅茶 戸田雅子さん(檜原雅子代表)のご紹介

最終更新: 5月4日

TEA FOLKS(ティーフォルクス)は2カ月に一度、2茶園のプレミアム和紅茶を茶園のストーリーとともにお届けする定期便サービスです。2021年5月-6月の第一便では丸子紅茶とひのはら紅茶をお届けします。ご購入はこちらから。

目次

  1. ひのはら紅茶の特徴

  2. 高校教師の戸田さんが檜原村に移住した理由

  3. 都内の国語教師が茶園主になったきっかけ

  4. 紅茶にするともっと”楽に”お茶作りを楽しめる?

  5. 紅茶の師匠 村松二六さんとの出会い

  6. 紅茶作りの試行錯誤

  7. 強力なサポートチーム!檜原雅子開墾団を結成

  8. 書家ならではのこだわりのパッケージ

  9. 2020年の「第19回全国地紅茶サミットin東京ひのはら」でひのはら紅茶は全国区へ!?

  10. 東京都内の島しょ部を除く唯一の村 檜原村


1.ひのはら紅茶の特徴

ひのはら紅茶は東京都内の西部にある檜原村で、無農薬、無化学肥料で栽培されている在来品種の茶葉で作られている紅茶です。


在来品種というのは、その土地に自生しているお茶のことで、いつ誰が何の品種をそこに植えたのかはわかりません。鳥が持ってきた種もあるのかもしれません。


自然に育った茶の木が花を咲かせて受粉し、また種となって茶の木が広がっていきました。もともと手入れをしていなかった期間が長いので、檜原の厳しい冬に耐えられない苗は自然に淘汰され、環境に合った力強くたくましい茶の木だけが生き残っていたのです。


そんな東京檜原の希少な茶の葉を手で摘んで立派な紅茶ブランドにしたのが、戸田雅子さんのチームです。


茶葉は少し砕けたリーフで、水色は薄茶色、自然の甘みと淡い渋みがあります。外国の紅茶に比べてボディーが少ないため、ミルクティーよりはストレートで飲むのがお勧めです。


ペアリングは、チョコやケーキといった脂分の強いお菓子よりも、おやきやまんじゅう等の和菓子がよく合います。




2.高校教師の戸田さんが檜原村に移住した理由


ひのはら紅茶の作り手である戸田さんは、元国語の高校教師ということもあって、極めて快活でお話もとてもユニークです。


その皆さんに親しまれる人柄と東京の奥地での紅茶作りという話題性もあり、短期間でたくさんの大手メディアに取り上げられてきました。


2014年 テレビ朝日 人生の楽園(2020年に再構成して放送) 

https://www.tv-asahi.co.jp/rakuen/contents/backnumber/0223/


2020年 BS朝日 緑のコトノハ

https://www.bs-asahi.co.jp/kotonoha/lineup/prg_1693/


紅茶づくりの人として一躍有名になった戸田さんですが、どういう経緯で紅茶を作ることになったのでしょうか。そのお話を伺いました。


戸田さんは1949年に杉並区で生まれ大田区で育ちました。結婚を機に青山に住みましたが、子育てをする中で、もう少し自然豊かな環境に触れさせてあげたいと思うようになりました。


しかし、東京都の学校の先生だった戸田さん夫婦は、都外に出る際にはいちいち届け出が必要でした。そこで目を付けたのが都内でも自然豊かな檜原村だったのです。


1987年にみた檜原村の売り家のチラシをもとに現地をみたのですが、当時は手が出なくて購入を断念しました。しかし、頭の片隅にいつかは檜原村に移住したいという想いが残り続けました。


子育てが終わり、50歳を過ぎて定年後を見据えた時、戸田さんは書家になりたかったことを思い出し、あらためて檜原村で書道ができるようなアトリエのある住居を探しました。


2003年、54歳で一念発起した戸田さんは、なんと家族にも相談せずに檜原村で物件を購入し、移住したのです。ただし、当時はまだ高校教師です。檜原村から自動車と電車で2時間かけて港区の東京タワーそばの定時制高校に通っていました。


檜原村の戸田さんの家は、家族にとっては別荘のような場所となり、週末の度に檜原村に家族がやってきてくれました。



3.都内の国語教師が茶園主になったきっかけ


書家を志しアトリエになる家を建て移住した戸田さんでしたが、2006年に大きな転機が訪れます。イノシシが戸田さんの家の裏藪に隠れこんで、猟友会を困らせてしまうのです。


猟師の依頼をうけて、裏藪に生い茂る草木を払ったところ、そこにずらっとでてきたのが茶の木でした。



茶の木の管理方法がわからなかった戸田さんはインターネットで検索して、とりあえず茶の木の藪を下から15センチほど残して伐採したのです。


そうすると2~3年後から茶の木に新芽が吹いてきました。ある日、回覧板をもってきてくれた近所のおばあちゃんが「もったいないから茶を摘もう」と声をかけてくれました。


東京都心でも昔は渋谷の松濤・道玄坂・港区の青山・六本木などに茶畑がありました。一方、檜原ではそのような産業用の茶畑はなかったようで、江戸時代頃から自分たちで飲むために茶の木を植えていたようです。そのおばあちゃんも小学3年生の頃から茶摘みを手伝っていたのです。


おばあちゃんと二人で朝8時から午後5時まで茶摘みをして24kgを収穫して、その日のうちに車にのってお隣のあきる野市の製茶工場に持っていきました。製茶したお茶は戸田さんたちが知人と飲んで楽しんでいたそうです。その翌年には38kgが収穫できました。



4.紅茶にするともっと”楽に”お茶作りを楽しめる?


緑茶は摘んですぐに蒸す(または火入れ)工程があるため、収穫から製造までの鮮度がとても重要になります。しかし、茶摘み後に急いで別の町にある製茶工場に持っていくのは大変です。


紅茶であれば茶葉を摘んでから、少し時間をおいてしおれさせる工程があるので、緑茶のように急がなくても楽にお茶作りができるんじゃないかと考えました。


アイデアが次々にわく戸田さんは、紅茶は檜原村のお土産として売れるんじゃないかと考えます。檜原村のお土産はこんにゃく・聖護院大根・白菜・ジャガイモと重い農作物が多いのです。一方で、紅茶は軽くて持ち運びに便利で、かつ日本茶に比べて管理がしやすいのでお土産に最適だと考えました。


そういったお土産作りができれば、檜原村に若い子がはたらく職場ができるのではないかと思いを巡らせました。


紅茶作りにむけて、助っ人になってくれたのが、紅茶の本場イギリスに15年間住んでいた中学時代の同級生でした。彼女の協力も得て、ひのはら紅茶づくりがスタートします。


2010年8月、払沢の滝ふるさと夏まつりで初めて紅茶を販売しました。最初という事でご祝儀での購入も多かったのですが、高校教師でもある戸田さんは生徒に文化祭で客呼びの重要性を説いた手前もあり、自ら看板を背負って籠をもって売り込みをしたのでした。



5.紅茶の師匠 村松二六さんとの出会い


2010年当時は瑞穂町の製茶工場に茶葉を持ち込んで紅茶にしてもらっていましたが、収穫量が限定的で時期も不安定なので、製茶をしてもらうのが難しくなってしまいます。


戸田さんは書家としての活動で全国各地の書道の展覧会を巡りつつ、お茶どころを訪ねては紅茶の製茶をしてくれるところを聞いて回りました。


そうして出会ったのが、日本の紅茶発祥の地である丸子の村松二六さんだったのです。


宅急便で生葉を送ればよいと言われましたが、戸田さんは茶葉を車に積んで少し窓をあけて自然に萎凋させながら運びました。なるべく高速道路を使わず、片道4時間の距離です。


全国の茶農家に紅茶作りの伝習をしている村松さんは親切にも「毎度、長時間かけて茶葉をもってくるのも大変だから」と中古の醗酵機・揉捻機・中揉機の購入を斡旋してくださいました。


製茶は製茶工場にお願いするものだと思っていた戸田さんでしたが、2012年には意を決して檜原村で紅茶づくりを始めます。製茶するごとに村松さんに茶葉を持参し味を確認してもらっていました。


また同じころ、大妻女子大学の大森先生の紹介を受けて、2011年8月に静岡県金谷であった日本紅茶協会の勉強会にも参加させてもらい、揉捻や醗酵について学びました。


大森先生からはテイスティングの方法をおそわったり、黒茶の製茶にも参加させていただきました。萎凋の時間や方法を変えたりと工夫を重ねてきています。



6.紅茶作りの試行錯誤


村松さんや大森先生のようなお茶の有名人に指導を受けたからといって、すぐに美味しい紅茶を作れるようになるわけではありません。


例えば、茶葉は手摘みなので収穫スピードが遅く、揉捻機は一度にいれられるのが35kgが最大で、その半分程度が入っていないと動きません。朝摘んだ茶葉と夕方の茶葉とでは、当然、摘んでからしおれさせている時間の差が発生してしまいます。


乾燥機も誰かがついてみている必要がありますが、人員が不足しているため結局8時間~12時間ほどで自然乾燥させることが多くなっています。


また、村松さんは有機肥料に試行錯誤を重ねていますが、ひのはら紅茶の人員では、裏山の斜面に肥料を運搬するのが難しく、無肥料での栽培となっています。


ただ、その点は、東京都のエコファーマーの認定を取り、化学肥料を全く使わないという事をセールスポイントにしています。


試行錯誤した結果、味の向上はもちろんのこと、水色が紅茶らしくなってきました。初めのうちは紅茶か烏龍茶かわからない色をしていたのです。


生産工程が洗練されて自然萎凋が進んでしまうような事が少なくなったことや、茶摘みの技術が上がった事もその背景にあります。戸田さんは、早朝や夕方に残業して茶摘みしてくれるおばちゃん達には「本当にありがたい」といつも感謝しているとおっしゃっていました。



7.強力なサポートチーム!檜原雅子開墾団を結成


2015年には、メディアなどで戸田さんの取り組みを知って興味を持った方々で、茶畑をボランティアで整備してくれる檜原雅子開墾団が結成されました。


都内だけでなく埼玉、神奈川などからも集まってくれています。当日の朝、ボランティア保険を契約してもらい、茶畑で作業をしたのち、檜原の温泉で汗を流してもらうというのが通常の流れです。


たくさんの協力を得て、現在のひのはら紅茶は前述の裏山だけでなく、檜原村に点在する茶畑をお借りしていて、全体では39アールくらいの畑面積になっています。



8.書家ならではのこだわりのパッケージ


戸田さんは書家でもあり、『ひのはら紅茶』のパッケージは戸田さんの作品と言えます。シールにするとお金がかかりかつ、貼る手間も発生します。


その為、袋を買って書いた方が安くて早いということで、最初は全て手書きでパッケージを作っていました。戸田さん自らが何百枚も「ひのはら紅茶」を書いていたので書の腕が上がったと大笑いされていました。


ただ、最近では手書きだと間に合わない為、パッケージに印刷したものを使っています。

茶封筒の写真:左側最新の印刷封筒・右側封筒に貼るために印刷所に頼んで作っていたラベル


9.2020年の「第19回全国地紅茶サミットin東京ひのはら」でひのはら紅茶は全国区へ!?


2010年頃から見よう見まねで紅茶作りを始めた戸田さんは、2002年から続く全国地紅茶サミットでも出展者ではなく、いち消費者として参加して各地の茶農家さんから勉強をさせてもらっていました。


そんな戸田さんですが、元高校教師ならではの強いリーダーシップで周囲を巻き込み、2020年の東京オリンピックの年を”ひのはら紅茶10周年記念”として全国地紅茶サミットの開催地に立候補し、承認されました。


地紅茶サミットは年々人気が高まっていて年によっては6,000人ものお客さんが集まるイベントになっています。一方、檜原村は東京都内にありながら、最寄りの武蔵五日市駅からも車で15分はかかる場所です。


檜原村の開催メンバーではどのように檜原らしい地紅茶サミットを開催するか、試行錯誤しつつも楽しみにしていました。ところが、2020年に入って早々、新型コロナウイルスの感染拡大がニュースとなり始めました。


しばらく様子をみていても事態が収まる気配はありません。2020年11月の予定に向けて刻一刻と時間が過ぎていき、周りは不安に包まれていましたが、戸田さんは安易には中止の判断を口にすることはありませんでした。


8月を過ぎたころ、戸田さんはついに「オンラインで開催しましょう」と決断します。開催日まで3ヵ月ほどしかない中での判断でした。


71歳の戸田さんがウェブ会議システムを用いてオンラインでお茶会をするアイデアを具体的に想像できたのも驚きですが、全国24茶園の皆さんもその夢の実現に向けてすぐに動きだしてくれました。


イベント会場で試飲ができない代わりに、クラウドファンディングに協力してくれた方には25茶園の茶葉を少量ずつまとめて郵送することにしたのです。


戸田さんが持つ不思議な引力に寄せられて、超短期間の準備期間ながら、25茶園と和紅茶好きの消費者をインターネットで結ぶ初めてのオンライン地紅茶サミットが2020年11月29日に開催されました。

※TOKYO TEA BLENDERSチームもITサポートチームとして現地入りしました。



全国25茶園の皆さんがインターネット上に用意されたテーブルに待機して、150名のお客さんは自宅に届いた茶葉で自分で紅茶をいれてお茶を楽しみながら、その生産者と自由にお話ができる仕組みです。


もちろん、実際に顔を合わせながら、生産者の手で試飲のお茶をお客さんにいれて直接お話しできるのが一番濃密なコミュニケーションとなります。


しかし、インターネット開催の良い面もありました。生産者の中には旅費を節約できた上に、機材を運んで会場で設営する手間を省くことができたこと、また、普段はほんの少ししかお客さんと話せないけれど、オンラインイベントであればゆっくり話せたと喜んでいる方がいらっしゃいました。



お客さんの側も現地に行く旅費が節約できただけでなく、別の予定があって地紅茶サミットの会場まで旅行することができないという方も、インターネットであれば気軽に参加ができたというのも新しい発見でした。


オンライン地紅茶サミットのコントロールセンターとなった檜原村には、戸田さんをリーダーとした事務局チームの他、師匠である村松二六さん夫妻も駆けつけてくれました。また、大妻女子大学の大森先生も現地入りし、戸田さんの声が響き渡る賑やかなコントロールセンターとなりました。



全国地紅茶サミットのオンライン開催での経験をもとに、今では和紅茶の生産者と消費者を結ぶオンラインお茶会が定期開催されるようにもなっています。


東京新聞取材:https://www.tokyo-np.co.jp/article/68831 

NHK取材:https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20201211a.html


●東京都内の島しょ部を除く唯一の村 檜原村


檜原村は東京都心から車で2時間の場所にあり、公共交通機関ではJR武蔵五日市駅からバスで30~40分ほどで到着します。ここが首都東京かと驚かされるような山と小川の大自然に囲まれています。

きれいな天然水を活かした豆腐や野菜などの名産品のほか、天然温泉もあり、都内からの日帰り旅行にも最適です。

美しい檜原村の風景とそこでつくられるひのはら紅茶の様子は下の動画からもご覧いただけます。

ひのはら紅茶プロモーションビデオ by 兜家旅館


※本内容は2021年1月30日にTOKYO TEA BLENDERS及び、東京大学紅茶同好会、駒澤大学紅茶研究会のメンバーで戸田雅子さんにオンラインインタビューをした内容をベースに、各種ホームページなどインターネット情報を参照して文書化しました。2021年4月に戸田雅子さんご本人によるレビューを頂いていますが、文責はTOKYO TEA BLENDERSとなります。



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