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TEA FOLKS8 五ヶ瀬緑製茶 興梠洋一さんのご紹介

更新日:11月17日

TEA FOLKS(ティーフォルクス)は2カ月に一度、2茶園のプレミアム和紅茶を茶園のストーリーとともにお届けする定期便サービスです。


2021年11月-12月の第4便では斉藤茶園のからべにと五ヶ瀬緑製茶の焙煎紅茶やまなみをお届けしています。お申し込みはこちらから。

目次

1.五ヶ瀬緑製茶「焙煎紅茶やまなみ」の特徴

2.五ヶ瀬緑製茶のはじまり

3.興梠洋一さんの就農

4.和紅茶へのチャレンジ

5.なぜ品評会で高位評価されるのか

6.農薬不使用栽培でも品評会に受賞

7.五ヶ瀬緑製茶で育てられている品種について

8.若手への指導


1. 五ヶ瀬緑製茶「焙煎紅茶やまなみ」の特徴

釜炒り茶用品種として1965年に種苗登録されている「やまなみ」ですが、もともとは中国の湖北省にあるチャノキの実生から日本で育成された品種です。


病気にも強く独特な味と香りがあり、釜炒り茶にすると強い個性がでます。


そこで、生産者の興梠さんは、中国系の茶ということで中国茶風の工程で紅茶作りをし、仕上に焙煎をしてみることにしました。


美しい赤褐色の水色は紅茶そのものですが、焙煎をかけることで渋みが抜けて口にいれたときから甘みが広がり、喉元を過ぎた後も口の中に甘みがうっすらと残ります。


茶葉自体が発する焙煎香もぜひお楽しみください。



2.五ヶ瀬緑製茶のはじまり


宮崎県の五ヶ瀬は「九州のヘソ」と言われるくらい、九州のほぼ真ん中にあります。宮崎県の北西部で、東は高千穂町、西は熊本県に接しています。


標高600mを超える高所にあり、春は暖かくなるのが遅く、一番茶が摘める時期も遅いため、一番茶の出荷スピードで他の生産地と競うのではなく、味や工夫で差別化する風土がうまれました。また、釜炒り茶が昔から作られているエリアでもあります。


興梠さんの父親は在来(実生)の茶畑を親戚の工場で製茶して、そこで釜炒り茶の製造技術を習得しました。


1961年からやぶきたを傾斜の畑に植え始めます。その頃は資材もお金も無いので、小さな工場を建てるために川石や川砂を使ってコンクリートを手練りしたそうです。


自分の山の木を使って家族も大工さんと一緒になって工場の建築に取り組み、五ヶ瀬緑製茶が始まりました。さらに先代は、1977年頃から品評会への出品にも取り組み始めました。



3.興梠洋一さんの就農


興梠さんは地元の農業高校を卒業後、農業大学校で2年間、茶について学び、試験場での勉強や研修に参加してから1987年に就農しました。


就農した当時はまだお茶がメインではなく、高原地を活かした野菜や椎茸、林業も同時に経営していました。


就農してからは山林や原野を開いて茶畑を作り、その後、周りの放棄茶園を借りて再生させ茶畑の面積を広げました。最初は1町(約1万㎡)程度だったのが、10年で2町3反、30年たった今では8町の広さになっています。


最近では五ヶ瀬の釜炒り茶だけではなく、和紅茶や烏龍茶も全国に知られるようになってきましたが、そのきっかけのひとつになったのが2010年の宮崎での口蹄疫の発生でした。


全国的に宮崎を応援しようという活動が広がる中で、興梠さんはお茶仲間と一緒に東京の下北沢の商店街とコラボしてお茶のイベントを催しました。


そちらでは、釜炒り茶用の釜を持ち込み、ガスコンロで炒ってお茶作りを実演することで、たくさんの若い方々に釜炒り茶の美味しさを知ってもらうことができました。


若い方は深蒸し茶の予備知識もなかったことが幸いして、素直にその美味しさを認知してもらうことができたそうです。


コロナ禍になるまでイベントは毎年開催され、五ヶ瀬のお茶を広める役割を担っていました。


4.和紅茶へのチャレンジ


新しいことにチャレンジすることが好きな興梠さんは1991年頃から和紅茶作りを始めました。


20代後半に結婚しましたが、その頃に作った紅茶がとても美味しかったそうで、そこからどんどんのめり込んでいきます。


まさに「実験」をしながら紅茶作りに取り組んでおり、一般的な発酵時間の定説に縛られず、「1分でも発酵させたら紅茶といえる」という自由な発想で、ほとんど揉み込まない紅茶などにも挑戦しています。


興梠さんがインドのダージリンで茶工場を見学した時も、ほとんど揉まない似通った製造方法をしていることに気づき、ヒントをもらったということでした。


新たなハーブとのブレンドや焙煎をした紅茶など様々な新商品が生み出されています。


5.なぜ品評会で高位評価されるのか


先代から合わせると興梠さんは累計17回も農林水産大臣賞を受賞されています。なぜ、それほど何度もトップランクで評価され続けるのでしょうか。


お茶作りにおいて興梠さんは「芯水(しんみず)を抜く」ということをテーマにしており、そのためには、しっかりと殺青が出来ていることが重要と考えています。


品評会で評価される味は毎年時代背景とともに少しづつ変わっていくため、興梠さんは品評会を「技術の向上と表現の場所」という捉え方をしています。


「品評会で受賞するのが目的ではなく、表現の場所として必要なのであり、その表現が評価されて自分の技術に生かされるのが目的。同時に、自分のお茶は自分のお茶として作っていくことも大事」と語っておられました。


自身ならではのお茶作りに励みながら、それと同時に、世の中で評価されるようなお茶を想定して、そこに合わせるお茶作りをする技術も磨いています。


2021年の日本茶AWARDでは「焙煎釜炒り茶 奏薫」がファインプロダクト賞を受賞しています。


今回は台湾茶のように釜炒り茶に焙煎を加えることでどう変化するかな?という思いでお茶づくりに取り組みました。


釜炒り茶は緑茶らしい香りがするのと比べ、焙煎釜炒り茶は中国茶のような味に変化し、日本茶がこんなに変化するのかとご自身でも驚かれていたようです。


この新しい取り組みが評価されたことに喜びを感じているそうです。


6.農薬不使用栽培でも品評会に受賞


五ヶ瀬緑製茶ではもともと低農薬栽培でしたが、思い切って農薬不使用栽培に切り替えて2013年に有機JASを取得しました。


近所に有機農業の先輩がいたことが大きなきっかけになりました。しかし、有機栽培に切り替える前は、もしかしたら全く収穫出来なくなるのではないかという不安もありました。


そんな時に試験場から有機栽培のお茶と減農薬のお茶の違いを比べる為の試験をさせて欲しいと連絡がありました。


その試験結果をみていると、年間で1回でも農薬を使うと特定の虫が異常発生する季節がありました。


一方で、有機栽培の茶畑には様々な虫がつくのですが捕食し合うので次第にバランスが取れてくるということがわかりました。


そういった結果を見ていたことに加えて、当時は農薬を自分で散布していたのですが、散布した夜などは健康面で気になることがあったそうです。


そこで不安を抱えつつも、思い切って農薬不使用栽培に切り替えたのです。


農薬不使用栽培に切り替えた1999年にも農林水産大臣賞を受賞し。その後も合計6回、農林水産大臣賞を受賞しているため、農薬不使用でも十分に評価されるお茶作りができるのだと自信を深めています。


7.五ヶ瀬緑製茶で育てられている品種について


五ケ瀬緑製茶では先代が植えたやぶきたがメインですが、やまなみ、かなやみどり、さやまみどり、ふくみどり、たかちほ、うんかい、ふうしゅう、かなやみどり、ゆめわかば、みなみさやか などが育てられています。


8.若手への指導


興梠さんの元にはやる気のある20~30代の若者が3人就農しており、彼らの士気が高いため、鹿児島のように茶畑を増やしていきたいと想いを膨らませています。


興梠さんからみれば、次世代の若者は感性が違って、SNSなどを活用した商品告知がとても上手いと感じています。


ただ、お茶作りの腕をあげるには昔も今も淡々と毎日飽きるほど仕事をする必要があります。


興梠さん自身も先代を抜くために相当努力を重ね、40代になっても、自分で作ったお茶をまだ先代が作っていると思われていたくらい厳しい時代を経験しています。


後継者の若者たちに対してはあえて手出しをせず、全て自分達でやるように任せています。能力の高い若者たちなだけに、自分を追いつめて努力して自分たちで結果を出すように指導されているそうです。


焙煎紅茶や釜炒り茶で注目を集める五ヶ瀬緑製茶の興梠さんと、そこで学ぶ若者たちが作る個性豊かな紅茶がこれからも楽しみです。

記事作成担当:橋本文子


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